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ひろしま湾・梅雨入り
005















岩屋・梅雨下山みち














梅雨入りだった日曜日
小雨の中の健康山歩き。

ルート選択にアクシデント。
急斜面は薮の中、腰まである
シダをかき分けてずぶ濡れ。

長い長い20数分、見覚えある
尾根道へ。

何があっても一歩一歩の達成感。
とにかく頂上はえぇ〜よ

広島湾、宇品方面が一望。
梅雨入りの雨に とほくけぶる。

今回はmixiより転載
笑・小
ようこそ!ありがとうございます。
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 10:30
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オリジナル「ほおずき」
ほうずきホルダー


















ほおずき祭りは、今年17回目
(7月17土・18日)


朱色の実「いのち」、「愛の籠」

うした(牛田)は「う」のコトダマを発信する町。

「うした山麓学」(準備中)の役割。


写真のキーホルダーをただいま試作中!!
モニター5名を申し込み受付中なんです。


オリジナルに添付する『しほり』を転載しよう。

ここから・・・

 ほおずきは、心を表すハート型
「愛の籠」アムール・アンガーシュ
フランス語では、ほおずきをそう呼んでいる

 ほおずきの朱い実は、いのちをあらわし、
音が鳴る鈴は、五十鈴(いすず)の意味があるように
五十音コトダマをあらわすと謂われている

 うしたは、コの字の牛田連山を背に
川に囲まれて、うした山麓に広がる町
ほおずきに似て、うした山に
包まれる町でもある

 朱いいのちの実を、やさしくつつむ愛の籠
ほおずきは、「うした」の象徴です


author:yuikoubou, category:うした山麓学, 18:13
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たちあがれ!うした学 四「た」 
あっぱれ!

「たちあがれ!ニッポン」とは今話題のことば。
ここ牛田も「た」の音で起ち上がる。

うした学として「う」「し」について
コトダマから牛田の地名に学んでみた。
今日は、「た」の音について・・・

高い、立つ、足る、溜まる、田など
「タ」の音は、舌を上顎に強く合わせて
息を溜めて一気に息を弾くように発する音である。

息を溜めて一気に出すのは「か行」と「た行」で
最も強い音だ。

全身全霊で気力を集中させてものごとに
取り組もうとする、心意気をあらわす。
タ〜ッ! トォ〜!は気合いをあらわす。

コトタ(ダ)マ学では、子音「た」は
古事記の御神名では、
「大事忍男神(オホコトオシヲ)」にあたる。

やまとことば音義によれば、事業推進の神
やる気、決意の神とされる。
大事忍男神は、古事記、神世七代の
16イザナギ、17イザナミの次に顕われる
18番目の神である。
18の数霊にも意味がありそう!

まさに、これから自らの得意分野を最高に
活かして起ち上がろうとする音である。

そのエネルギは高く広く広がる。

「たちあがれ!ニッポン」
やまとことばからこの国の原点を
あらためて知り、ことばの力を知り、
果たすべき役割のために知恵と実践を・・・


author:yuikoubou, category:うした山麓学, 00:03
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牛田山〜見立山行
ヘビにも、シシにも出くわさなかった。
わん公にはホエられる。
仕方なか郎、野郎道中。

春の薄曇り快適登山日和の3/14
「牛田イイとこ見つけたい」のオフ会??
牛田山、登山行。  画像up 

岩屋(3月)ヒトツバシダレ

















己斐山と放水路
早稲田小登山口から数十分
巨石群のひとつに珍しい
「ヒトツバシダレ」昨年に
比べて元気なし。牛田連山
には貴重な植物。

この植生が生きる生態系を
人は守れるのか。

己斐の山々と太田川放水路

案内板





太田川を眼下に古代の高地性
小集落があったと想像される
「西山貝塚」を見学。



弥生の貝塚






欠けた大型貝類などが散乱。
1.800年前というから現早稲田
神社の下あたりまで海があった。


牛田東







白竜伝承の地、
牛田東を望む。


四つ柱




申し訳の立たぬ失敗作。

黒い四柱の立像は
知らぬはホトケ。

神田山山頂。

見立山展望岩

春霞に霞んで見えぬ宮島弥山を
直線で結んだ。
眼下は、広島城。 
城地を見立てた、見立山山頂。

独立岩(方位石)うしたの町を
見守る。



玄米むすび









この日の弁当は、
シンプル玄米むすびを
手づくり。

次回は、4/11(日)
女学院〜牛田山コースを予定。
どうぞご参加あれ!
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 02:05
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うしたに学ぶ?
「ふれあいスペースがあったらええね」

この街の地域の勉強会があった。

その街で暮らすことは、その街をあらた
めて知り、その中で人と人のコミニティ
を通して関わり合い、和やかな会話も生
まれる。

人はイキイキできる。

まちの行事であれ、買物であれ、ふれ合
うことで人は元気になるはず。

 買物のあと気軽に立ち寄れるスペース
が欲しい。街へ要望アンケートにも多く寄
せられた。

 会話とは本来、お互いが心を通わせ元
気を取り戻すためにするもの。

言葉は、もともとそんなチカラを具えて
いる。

折角だから人同士は、そんな会話ができ
るように、様々な感情を乗り越えてつな
がりが深まる「知恵」を出し合えるよう
心がけたい。

 ふれあいスペースとしてこの時節、多
い街の空き店舗が活用できれば理想的。

家賃などはじめ維持管理に費用がかかる
が、ご便宜いただける町の"ご有志"が手
を上げて下さればこの上ないこと。

取りあえず事務局の一角をスペースに借
りてのスタートとなる。

ふれあうスペースをどう運用していくの
か色々な意見が出た。

各店の特有な情報や知恵を公表し、とも
に学ぶ。例えば、美容院ならば髪の健康
と手入れ法など。

地方の特産品の紹介も予定されるが、何
よりも人が寄り合うための手だてに過ぎ
ない、維持管理には費用もかかる。

地方との文化交流もしっかり乗せて物販
も必要とされる。

街の賑わいには、コミニティーづくりは
欠かすことができない。

まち全体で「あいさつを交わす」「安心し
て言葉を掛け合う」仕組みづくりをどのよ
うにするか?

今この時代に問われている。
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 16:10
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うしたに学ぶ
白竜
















「白蛇を見た!いう話はなんぼか聴いたことがありますで・・・」

三年ほど前に、牛田東で出おうた老人にたずねた。
どうも昭和60年代のころ聴いた話だという。

近年まで居ったのであろうか。

「うした学」 今日は、

 〜うしたの民話【白竜さん】とほおずき〜

「白竜さん」と言えば、平成元年に牛田にお住まいの「西坂 悟様」が現
地牛田にて古老より聴き取りされて、古来からの伝承を、まとめられたも
のですが、牛田商店街振興組合のHP「牛田昔話」でも見ることができます。
(一部抜粋)http://www.hoozuki-town.com/mukashi/index.html

 伝承の地、牛田東には近年まで、白い蛇が見られたそうだ。
その白ヘビは幾たびか生まれ変わり修行して「白竜」になるという・・・。

ある日、村人三人が同じ夢をみた。
『池のそばで白蛇が難儀をしている助けてやって欲しい!』と夢の中に
白い竜が現れた。

村人がさっそく駆けつけてみると、白蛇がぐったりしとった。
好物の生タマゴをあたえ看病したが死んでしもうた。

白竜は、うしたの村に恩返しをするという筋になっている。

 日本の神話「古事記」ヤマタノオロチの件(くだり)には、オロチ(大蛇)
の眼をたとえて「アカカガチに似たり」とある。
アカカガチとは「ほおずき」のこと。真っ赤なホオズキのような眼の意味
で、ヘビがかま首を上げるようすに似ていることからの説もある。

 うしたは毎年「ほおずき祭り」が盛大に行われる。
ホオズキには、修行して「竜神」となるヘビの化身として不思議な縁があ
るかもしれない。

 白竜(白蛇)さんのご利益は、金運、 交通安全、健康・長寿、恋愛、商売
繁盛などといわれています。
一つの節目を越えて、新たな「ほおずき祭り」には「白竜さんの“神力”」
をお借りしたいものです。

 ここ、「うした」は「竜神」に護られながら、静かでこころゆたかな町
に笑み栄えるよう願っている。

author:yuikoubou, category:うした山麓学, 13:38
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五百年祭
社殿









あっぱれ!
今日は、ここ
「牛田・早稲田神社御鎮座500年祭」

”うした楽学”「う」のチカラをあらわす
ことだまをふたたび、 2/14より修、転記



「うし年 うした うた」


うし年の 鯉城(りじょう)のうしとら(東北) 氏神に

守護をうけつつ 五百年(いほとせ)

氏子らは うしたの宝 うるわしき

うまし(見事な)うしたに 学びつつ

うしたのタカラ 言挙げす

うやうやし 氏神さんと 共にある

うしたのココロ うしなうな (自戒)


注)
・うした:当地の牛田の地名
・鯉城(しろ):鯉城(リジョウ)は広島城の別名
・うしとら(艮):東北を指す、強いエネルギーの流れくる方向。
        (現代は鬼門としてはあまり捉えないといふ)
・氏神:牛田早稲田神社をさす。今年は鎮座500年大祭がある。
・うまし:やまと言葉で、「見事な」「立派な」の意味。
・言挙げす:ことばに出して言い立てること。


山の手の“あげの宮(神社の古名)”から
笛太鼓がきこえてくる。
これより奉仕に詣るとしょう。

稚児行列終えて1
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 08:09
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うした学 三「し」
わらべベンチ1






わらべベンチ2










秋みのり








秋を拾う



「し」は統一。

連休の今日は、3日目
朝は、近くの見立山中腹にある
公園施設へ散策、あらためて見つけた
「わらべ歌の丸いベンチ」8台。

その内写真は,
はるか古代から唄い継がれたという「かごめ」
「かごめ」とは▽△が重なりヒトツになった形との
謂われもある。

「ヒトツ」は漢字に表せば統一、一体となる。

「し」の音は、しずく、しみず、したたる、湿る、
のように「水」をあらわ音である。

紙粘土のようにカサカサしたモノは水を含むことで、
静かになり、溶解力をもってヒトツにまとまり
粘土の替わりとなる。

「幼い子に、シッコをさせる時、親は何と言いましたか?」

「し」の音は水を表すと同時に、そこを締める
締めくくる「統一」の意味がある。

「うし」
「大人」と書いて古語によれば「うし」と発音する。
貴人、領主など貴人の尊称とある。
「うした」の地名の由来の一つに西大寺の荘園であった
七世紀に「大人」が住んだことが上げられている。

「し」ヒトツにしっかりまとまることで
あらたなチカラが湧き起こる。

「う」の
閉じる方向でしっかり内部を充実、充足させる
開く方向に、やがてエネルギーを発していく。

跳躍する前の溜めが「う」の音だから・・・・・

           また次に・・・

author:yuikoubou, category:うした山麓学, 18:07
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うした学 二「う」
路地野草1













路地野草2













日本のコトバは、古来から
言霊(ことだま)といわれている。

コトバには、魂が宿り発するコトバは
望むことを引き寄せるふしぎなチカラ
をもっている。

それはどこからくるのか。
色々考えられるが日本語には、単語に
なる前から、一音一音に意味があると
いう「やまとことば音義学」をひも解
くことで、明らかになる。

うしたの「う」の音を、知ることからも
様々にマナブことができる。

「う」は内部充実、充足、充満の意味
があり、例えば必要とするものが無い
のではなく、すでに「ある」備わってい
ることを意味する。

それにまだ気づいていないだけ。
様々なマナビによって気づいていける
んだと、捉えることができる。

無いから外に求めるのではなく「ある」
ことからの出発がキーワードになりそ
うです。

ここ「うした」にある。
まだ気づかない素晴らしい“宝もの”
を知ること、明らかにすること、広島の
・・・日本の・・・新たな発見につながっ
ていくことでしょう。


写真は、牛田の路地に植えられた野草です。

関連サイト↓
http://blog.livedoor.jp/yuikoubou/archives/2007-02.html#20070207
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 15:18
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うした学 一
その一『さくらみまもりたい

みなさん!
イイ夏休みを過ごされたことでしょう。

「想えば通学から解き放されてのひと夏。
遊びに勉強に、父母、大人、友だちとの
かかわりに、是もなく非もなく自分らしさ
があらわれて、あらためて気づき、悩ん
だことも多かった。」

皆さんは、
川や山、海や野へと、自然の中で過ごす
機会も多く訪れたのではないでしょうか。
それだけ、自然のイノチとの関わり合いを
体験できたことでしょう。

虫たちは“気持ちの悪いもの”ではなく同
じイノチ、生きる仲間として認める感性を、
もともと日本人のこころにはあったもの。

さやさやとさわぐ木の葉、虫のなき声、
小川のせせらぎも、人の言葉と同じように
受けとめる感性をそなえていること。
動物と人、草木と人、モノとこころを明確
に区別していないことからもわかる。

針供養、馬や牛の供養塚、印章供養など
が、今も行われている。

日頃の家での暮しよりほかに、公共公園な
ど自然に生きる木々のいのち、放置され
たボトル、ビニールゴミ、花火の燃えかす
などを目にするとき、親と子、ともどもに、
こころを痛め、大地を思いやる感性を育
む体験もたいせつなことと言えます。

『さくらみまもりたい』
ただ一本の「”桜の木が危ない”」から
スタートした「さくらみまもりたい」の活
動は皆さんのお世話で受け継がれていくこ
とでしょう。

多くの子どもたちの遊び相手にもなって
くれたという、想い出の桜ではあっても、
「“タダの木”ではないか」とは見逃せない。
子どもたちと共に、「一本の老木」からで
しか学べない何かがあるはず・・・・・

各、子ども会の方々、地域の人たちの協
力を得られて、「その学ぶ何か」を子ども
たちと共に感じ取り受けとめ、そのこころ
を伝えていければいいですね。



サクラありがとうございます
ようこそ!ありがとうございます。
author:yuikoubou, category:うした山麓学, 17:51
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