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三笠山、二葉の松

二葉山

心の先天構造

 

「いかばかり 神もうれしと 三笠山

 二葉の松の 千代のけしきを」・・・



この歌は、左大臣藤原忠通の一首(金葉和歌集)

これは広島市にある知る人ぞ知る最大パワースポット

『二葉山139m』《広島駅北口(新幹線)向側にある》

二葉山の名の由来にされた歌です。(にぎつ神社資料)



上記の歌の中、「三笠山、二葉の松」を観じてみれば、

*コトタマ学にいう、心の先天構造(画像の図形)である

▲ウアワ、オヺエヱ、チイキミシリヒニの構図そのもの

を表す歌でもあると見定めることができる。



三笠は、一つ目の△形ウアワと二つ目の△形アオヲ、

チイキミ ヰと三つ目の△形ワエヱ、シリヒニ イ。

そして、よく見れば、ア列・・ワ列で二葉に分かれる

松の葉と見ることができる。

この歌の意味は、心の先天構造を寿ぎ千代に八千代

に讃えているようである。

 


author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 21:32
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いろは手仕上げ考
隆

「隆」の名。〜手仕上げ考〜
訓読みではたかし、「タ」ではじまる。 「タ」は高い、溜まる、
田、立つなど高く、また高貴な語感をもつ。タ行は能動力を表す。

日本神話に登場する神々に五十音の一音一音を重ねる言霊学に
よれば 「タ」は、イザナギ、イザナミの二柱の神のあとに登場す
る、十八番目の神となる。十八番=オハコ、を想起する。
"よし!!これで行く"いよいよ立ち上がる、全身全霊で事を成し遂げ
るやる気の神、「大事忍男神」が 「タ」の音となる 。大きな事を強
力におしすすめる事業推進の神。まさしく"立志の神"ですね。

漢字をみれば、コザト偏は高い柱を示し、そこに足掛かりを刻ん
で梯子にしたもの、神梯を表す。神々が降り登りする依り代 (目印)
となるもの。神々に降りて頂いて弥々大事な儀式がはじまる。

手仕上げも、もうソロソロ。隆の文字のイメージは整ったでしょうか?


ありがとうございます。
author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 08:39
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言葉の力を再認識(復活)の時
久しぶりに言霊を研究されている方との
出会いがあった。

「言霊によって名前の意味を
知ることで社会でのお役立ちを知り、
名前が更に好きになり、自信につながり
明るい気持ちになって帰られる」・・・

との意味を伺った。

それは“言霊開運法”だけの効果では
なさそうであるが、10/25のそのご来客は
ヒーリングサロンをされているらしい。      
言霊を知ることで仕事にも一層深まりが
出てきたという。

言霊にも裏の意味と表の意味があるそうだ。
「な」の音は「なる」であり完全、完成、
全ったき、成し遂げる・・・などとなる。

裏の意味は、嘆く、殴る、投やりなどの
言葉があり、そのような作用も持っている。

表の「陽」の言葉をシッカリ話すことが
肝心。      以下新編集
大和言葉音義説では「な」の音は調和である。
仲間、並ぶ、滑らか、和むなど・・・
調和したものであるがゆえに「完全」となる
のであろう。  

ちなみに、「はな・花」の「は」発現、出て
行くもの、先に出て調和しているもの。

千葉県柏市には、
柏の葉のイメージから「はっぱっぱ体操」を考
案されて町が大いに盛り上がりを見せている。


大和言葉をベースにコトタマの研究を深めて
いくことで言葉の重要さが分かり、きっと人心
の乱れも整い、大きく云えば日本人と日本の
世界に果たす役割が見えてくる。
この国の復活につながる。

あらためて
言葉の力を再認識する時代がきている。


笑・小 
ありがとうございます。


author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 00:03
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夢☆実現…言霊
9/30には
夢は必ず実現するものであると記した。

それは
日本古来のコトタマの“思想”から
読み取ることができる。以下参考に・・・・・

一つの願望や夢は、見えない内なる強い念い、
念波として自らが発っするものである。

自ら発するものは、つよければ強いほど同時に
実現力をすでに兼ね備えていると言える。

その発したものは、陽と陰に分かれ発動と受動
主体と客体、見えざるものと見えるもの、ココ
ロとコトバとの間柄ともいえる。

たとえば、二つに分かれる松の葉のように、も
ともと根本は繋がりヒトツであり一体である。

夢と現実は松の双葉に譬えることができる。
その事において夢と現実は一体だといえる。

その時その場において真実現として現れるので
あろう。

すでに、すべては自らの内に「ある」在るとこ
らからのスタートと、とらえられる。

「在るもの」とは何を指すのかは、各々感性に
お任せするとして・・・・・

古事記、国産み神話の件(くだり)に出てくる
「塩こおろこおろに畫き鳴して引き上げたまふ
時・・・」とは一番いい状態に整い、また一番
落ち着ける時に、現れることを意味していると
思える。

その重要な働きの一つに日本のコトバがあり、
コトバのチカラがある。

コトバがすべてではないが、ここでも「言霊の
幸はう国」の復活が問われる。


ようこそ猫 小
今日も吉日。ありがとうございます。
author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 00:01
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観音の世界に遊ぶ
雪舟の庭













 岩・松        画像は雪舟庭
いわ・まつ
意和・真通
ココロの音は和みとともにマコトを貫く

コトバの音を観じてその音に漢字を充てる。
漢字(感字)を充てることで意の深みを探る。

“いわば観音の世界に遊ぶ”

言霊と漢字の世界を結ぶ、新たな取り組みに
よって、コトバの本質に迫る。

音読みも訓読みも、音であり、アイウエオ五十音
(別に濁点半濁点25音あり)より他にはない。

10/11柿本人麻呂と雪舟ゆかりの石見を尋ねて、
庭の松と岩を静観す。


人麻呂の歌に
「敷島の日本(やまと)の国は言霊の
      幸はう国ぞ
        ま福(さき)くありこそ」

柿本神社に「言霊の幸はう国」復活を誓う。
author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 00:02
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日本語の弱体化は日本の弱体
気づき

















戦後かって、米国占領政策は日本の弱体に
国語教育を制限した。

そして、悔しいかな見事に功を奏した。

もし、それに習って隣国の覇権国家が様々
な手を使い同じようなねらいを抱いている
とすれば、いまこの国は何をしなければな
らないのか。

まずは、乱れ弱体化し、使うに好都合な道
具化したコトバから、すべてを生かす創造
的な力をもつ本来のコトバに復活させねば
ならない。

日本人があらためて日本のコトバの力に目
覚めること大切であろう。

国語力の弱体化にともなって、現代は人の
こころが乗らない"無人のコトバ"があまり
にも多く行き交っているのではなかろうか。

そのようなコトバ、コトタマの復活をねがって
『コトタマ交流懇話会』をすすめていくこととする。


ようこそ猫 小
今日も吉日。ありがとうございます。

author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 09:29
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アイウエオ・母音のなぞ?
前回の記事に

 五十音図中、アイウエオ(AIUEO)は母音であり、
特に「コトハ」のとらえ方をすれば、
母音とは未だ発っせざる音として、特別のオトである。

それを、音の根源(タネ)だと捉える・・・と記した。


 「コトタマ学」というのがあり、
その学説によると日本の神話「古事記」の冒頭に顕われる
別天つ神五柱(コトアマツカミイツハシラ)、五柱の神さま
の名がでてくるが、それがアイウエオ、五母音に相当する
という。
 注目したいのは「五柱の神は身を隠して見えない」の件
大宇宙のハタラキであって現象として表には現れない意説



 そのアイウエオ母音とは、まだ音として発しない「母音の母音」
と言うべきか? その母音とは“心音”未だ発っせざる音として
特別の音(・オト)である。音の根源(タネ)だという所以です。

「タネ」とは可能性のカタマリであり因であり、大自然の縁(えにし)
によって芽吹くもの。

アイウエオ母音、音の根源(タネ)に宇宙からヒカリ、イノチ、
ナミなど音の本源「ヒビキ」が振透し口から発することによって
はじめて音となる。 「ヒ・ビ・キ」の音はすべて、いのちの
本源強さを表す「イ」段であることも納得できる。


アイウエオ母音"音のタネ"。
アイウエオ母音の音(コトバとして発した音)。
以上は、解るためにわざわざ分けて考察したものであり、
本来は、音のタネ(胤・種)も音も一つ。
コトハもコトバも一つ
コトタマもコトダマも一つ。

コトバはいのち、コトバはピカリ
あらためてコトバのチカラを観じる。

そうありたいものです。
日本語とはそう云う言葉なんですね。

一期一会朱
ありがとうございます。

author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 10:38
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kotoha
音の根源
音に根源があるのだろうか
音が音になる前の「音のタネ」があると
すればそれが根源であろう。

こんな書き出しで、何のことか
不審にお思いのはず、当然でしょうね。

どんな内容になることか予測がつかない。

「KOTOHA」の表題は、コトハいわゆる
コトバのことであるがハに濁点がつかない。

濁点がつかないということは、音としての
現象、音そのものがまだ発っしていない様子を
表しているともいえる。

アイウエオ、AIUEOはご存知の母音である。
特に「コトハ」のとらえ方をすれば、母音とは

未だ発っせざる音として、特別のオトである。
それを、音の根源(タネ)だと捉える。

そこに音の「ヒビキ」ヒビキとは、すべて
「イ」段の並び、イノチのヒビキを表す
イノチのヒビキとは、宇宙の光、宇宙の波
大いなる能(はたらき)そのものを受ける。

そのイノチのヒビキを内包するものが
アルファベットで表せばkotohaの「K・t・h」
が一つ一つのヒビキである。

ヒビキと「根源の母音」が和して発っしたものが
音となる。k+O=Ko(コ)

音のヒビキを、あえて分析すれば以上の
ようなことになろう。

根源もヒビキもコトバも、イノチも、もともとは
ヒトツ。

「コトバは命であり光である」という由縁であり、
それを言霊という。

そのコトバの意味を実感を、体感することが人生だ!
といえる。

日本のことばを通して、日本を知り、日本人を知る。
そこからこそ、すべてを甦らせる出発点と言えよう。


ようこそ猫 小
今日も吉日。ありがとうございます。


author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 23:44
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「鈴とコトバ」
001















気づこうと、気づくまいと
日本の底チカラは「日本語」にあり。と思っている。

なぜそうなのかと言へばここでは詳しいことは控え
ることにするが・・・・・
一言でいえば、本来の日本のコトバには一音一音に、
現在の言葉で言へば、イメージや思想哲学が籠めら
れている。故に、言霊(コトダマ)ということ。

現在、それを明らかにしていく考究が進められている。

ここ牛田では、象徴である「ほおずき」と「牛田の地形」
に共通するカタチから、鈴(スズ)をイメージして
コトダマ(言葉)を一層!大切な事(言)として発信したい。

鈴(スズ)は古来、五十鈴を表し五十音コトダマの
象徴とされている。

上の画像は、赤いほおずきにスズを内に容れたもの。

牛田を「ことば文化宣言の町」にして、言葉のチカラ、
ことばはイノチ、心とことばは一つ別々ではないことを・・・

あらためて想い大切にしたいものです。


過去の関連ページ
http://blog.livedoor.jp/yuikoubou/archives/2010-06.html#20100603
ようこそ猫 小
今日も吉日。ありがとうございます。
author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 16:43
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対話とは・・・
ことばの問題は大きい、今、ことばが大事じゃ
夕刻にK氏から電話をうける。

「世の中の人と人の対話が対話になっていない」
「ことばは出しっぱなしじゃあない」

ことばはいのち、日本人の生命観とことばは一つ
決して離れることはない。

「それが言霊じゃ」


大体の要点はそんな内容だった。
振り返ってみれば、一番身近な者とは
対話がなかなか成り立っていない
互いが常に感情を見え隠れ、スキあれば
ヤイバになって飛び出さんとする

対話とはなんだろう?
K氏はいった

お互いの心を深めるもの・・・と
互いの深め合いでありそのためには

コトバにはココロが乗っているもの
ココロとコトバはひとつ
イノチをも乗せていることを自覚することが
肝要だ。

逸見 庸のコラムに言う
「ヒトはコトバに見放されている」
もう一度言うが
「コトバがヒトを見放しているんです」

コトバにイノチを感じなくなった
あまりにもコトバを粗末にしてしまった。

コトバにイノチをよみがえらす
イノチの象徴「朱の色」にも託したい。

『この国の底力は日本語であるぞ!」


サクラありがとうございます
ようこそ!ありがとうございます。

author:yuikoubou, category:コトタマ・言霊, 21:50
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